2000/06/21-30

注: 日付からその日の試合結果にリンクしています。
日付

出 来 事
6/30 石沢常光としてPRIDE参戦を宣言
PRIDE参戦問題で揺れるケンドー・カシンが素顔の石沢常光として参戦すると宣言(日刊)。
6/30 蝶野が『朝まで生テレビ』に出演
「元・不良少年はサッカーで救われ、プロレスで名をあげた」と紹介されて、蝶野正洋が『朝まで生テレビ』に登場。「激論!少年犯罪と少年法」というテーマで進む激論に、前半はなかなか発言できなかったが、中盤からは積極的に発言を行った。
6/30 電流爆破の嘆願書を手に大仁田が練習中の新日会場に突如出現
神奈川・海老名大会。試合前の会場のリングでの合同練習中に大仁田が突如出現。長州に一括され、電流爆破の嘆願書を置き、その場を立ち去った。これに対し長州は「怖くなって気でも狂ったんじゃないか。おれはあくまでも普通の試合をやる」と完全拒否(大スポ)。
6/29 飯塚がノートンの左腕を破壊。タイトル取りに大きな自信
郡山大会、メインでT2000と6人タッグで戦った飯塚は終始ノートンの痛めている左腕を破壊。パワーファイター相手にも十二分に戦って見せ、7/20札幌でのIWGP取りへの意欲を見せた。また、腕を痛めたノートンは明日からの試合出場は微妙に(SAMURAI)。
6/29 鈴木が安田をフォール。G1での活躍も予告
郡山大会、安田とシングルで対戦した鈴木健三がバックドロップの連発からタックルし、そのままフォール勝ち。YL杯優勝でG1出場資格を持つ健三は「G1でもびっくりすることをしますよ」と不適な予告をした(大スポ)。
6/29 藤波社長がカシンのPRIDE出場を否定するもなお含み
新日の実質的オーナーの猪木と藤波社長が新日事務所で会談。カシンのPRIDE参戦について、猪木は「藤波に聞いてくれ」とのみ発言。藤波社長は正式な出場要請がないことから拒否と発表。しかし、「三沢と同じ。来たら話はします」と含みは持たせた(大スポ)。
6/28 9/30大阪ドームは事実上なし。あるとすれば9/22?
GW頃には噂に上っていた大阪ドーム大会だが、これがあるということは9/29〜10//2は国内の試合は不可能。9月のシリーズは9/17までだが、連休の9/23(土)&24(日)はプロ野球の日程(近鉄vsダイエー)があり、これも無理。9月にあるとすれば9/22(金)だけか?。それと、再び10/9あたりに東京ドーム大会があるという噂もそろそろ出てます〜。
6/28 蝶野が衆議院議員レスラー・馳にコミッショナー就任を要請
栃木大会、蝶野は「本来ベルトはIWGP実行委員会が管理するもの。それなのに選手が勝手にベルトを持ち出せる」と現状を指摘。ずさんな管理体制に「コミッショナーが必要」と蝶野は説き、「将来的に馳さんがついてくれるのが理想」と話した。それまでは一時的に自らがコミッショナーになるとも宣言(スポニチ)
6/27 メイン終了後に蝶野がIWGPタッグを強行
6/27 ムタ、WCWナイトロ大会に姿を見せず。PPV大会で登場か?
6/26 2002年3月、W杯クラスの旗揚げ30周年記念大会を
新日本プロレスの株主総会、役員会が開かれ、藤波社長体制でさらなる飛躍を目指すことが決議された。特に、2002年には旗揚げ30周年を迎えることから、来年早々にも記念シリーズをスタートさせ、2002年3月には日韓共催のワールドカップに負けないくらいのビッグイベントを計画していると藤波社長が明かした(日刊、スポニチ)。
6/26 坂口会長、旗揚げ30周年大会で還暦試合を
株主総会を終えた坂口会長は、藤波社長に現場の責任をバトンタッチしてから、トレーニングを続け、10kgの減量に成功。2002年に自らも還暦を迎えることもあわせ、30周年記念大会ではリングに復帰すると宣言。猪木らにもワンマッチ復帰を呼びかけるつもりだ(スポニチほか)。
6/26 猪木がパラオより帰国(来日?)。
日付

出 来 事
6/25 G1クライマックス2000、公式リーグ戦日程
8/7大阪から8/13両国まで行われるG1 CLIMAX 2000の公式リーグ戦日程が発表された。勝ちが1点、負けが0点で、ブロックごとの最高得点者が最終日8/13両国の決勝トーナメントに進出する。また、新日本プロレスオフィシャルHPでは豪華賞品の当たるG1予想クイズを行う(7/31〆切)。
6/25 ライガーが三沢派にラブコール表明
後楽園大会。ライガーは「三沢選手にはウチの王者・健介と戦ってほしいと思う。僕らの姿勢は“来る者は拒まず”。ぜひ新日本のリングに上がってほしい」と、全日から分裂した三沢派との対戦を提案。自らも元全日のジュニア戦士との対戦を望んでいる(スポニチ)。
6/25 シリーズ開幕、金本&田中組がJrタッグ王座を奪取
後楽園大会で『サマーストラグル2000』が開幕。メインのIWGPJrタッグ戦で、金本、田中組がついに王座を奪取した。
6/25 前哨戦を制した飯塚、「ベルトは貰った」と宣言
後楽園大会。7/20最終戦でIWGP戦を行う、健介と飯塚がタッグで激突。スリーパーで安田を下し、前哨戦を制した飯塚が珍しくマイクアピール。「健介、ベルトは貰った」とだけ言い放った飯塚が、最終日に答えを出せるか。
6/25 日本テレビが新日本の試合を取材(初めて?)
開幕戦の後楽園大会を日本テレビ『コロッセオ』(全日本プロレス中継の後釜番組)が取材。蝶野とライガーのインタビューを収録した。試合はテレビ朝日との専属契約があるため、放送できないが、ゆくゆくはテレ朝から放送権を買って放送するプランもある(デイリー)。
6/24 ムタがついにWCWに到着
現地時間23日、米国アトランタにムタ(武藤)が到着。(詳しくはWCW公式サイトを)。
6/23 藤波社長、カシン&永田のPRIDE参戦を拒否
猪木のパラオ合宿に参加したカシンと永田に対し、藤波社長は「猪木さんはカシンらをPRIDEに出したいんだろうが、まず先に新日本の利益を考えるのがオーナーの役目」と釘をさした。「冒険をすべき時と、してはならない時がある」と言うが、、、(大スポ)。
6/23 健介、G1全勝優勝宣言。全日・川田との対戦もブチ上げる
現IWGP王者の佐々木健介はこの日発表されたG1の記者会見で、全勝Vを宣言。97年以来3年ぶりの優勝を目指す。また、全日本プロレスの川田についても対戦に名乗りを上げた(大スポ)。
6/23 『G1 CLIMAX 2000』は純血、4ブロック制で20人参加、
大阪2連戦、広島、そして両国3連戦と全6戦で行われるG1 CLIMAX 2000の参加選手とブロック分けが発表された。今世紀最後の、第10回目の記念大会となる今回は過去最高の全20選手が4つのブロックに分かれて戦い、それぞれのブロックの最高得点者が決勝トーナメントを行い優勝を争う。現Jr王者のライガーやスーパーJr覇者の高岩、YL杯優勝の鈴木も抜擢された他、引退ロード撤回を宣言した藤波社長も参加する。
6/22 武藤がWCW長期遠征のために、ようやく渡米
グレート・ムタとしてWCWに参戦する武藤が、この日ようやく渡米。いろいろ苦労しただけに、この遠征に賭ける意気込みも相当なもので「最低半年間は頑張るつもりで行く」と決意のコメント。現地では空港にカメラクルーがスタンバイして到着を待つという情報もあったが果たして、、、(日刊、ほか)。
6/22 猪木が全日本プロレス救援を橋本に指令。カシンはPRIDEへ
全日本プロレスの分裂騒動に対し、猪木は「馬場さんの作った全日を消すな!!。橋本が立ち上がって全日を救うしかない」と全日救援のために、橋本に全日に入団して助けるように指令。また、カシンについては「石沢に関して言えば、プロレスとは違った力を試したい。俺はチャンスを作る役割をする」と明言した(大スポ)。
ニュース・リスト
MenuBar.GIF